島内百か所以上でやっている熱狂のマツリ。

激しい鬼の舞いと、乱打される和太鼓。

私の大好きな「鬼太鼓」をご紹介します。
佐渡島
鬼太鼓
鬼太鼓。(おにだいこ・おんでこ)

佐渡島にしかない珍しい民俗芸能。観光協会さんによると「唐散楽に似た獅子舞の一種」。なんだそうです。そんなことよりも。
早朝から深夜まで、あたり一面で響き渡る太鼓。踊り狂う鬼。各家でのふるまい。お酒と大ご馳走。大人も小学生も爺ちゃんも婆ちゃんも、集落こぞって盛り上がる年に一度のマツリ。それが、私にとっての鬼太鼓です。

観光客向けの「イベント化したお祭」ではありません。ですので、一見の団体観光客さんにご覧いただけるチャンスはほとんどありません。ていうか、ごめんなさい。そういう人には見てほしくなかったりします。
観光ホテルのショーでやってる鬼太鼓もあります。それはそれで良いと思います。でも、ほんとうの魅力はその集落に入り込んで見ないとわかりません。わかるわけがありません。人々の暮らしがあってこそ成り立つ土着のマツリなんですから。

佐渡島へお越しの方には、ぜひ一度ご覧いただきたいです。自分の足でその土地を歩き、自分の体で感じてほしいです。それだけの価値があると私は思います。


鬼太鼓こそ、世界に誇れる佐渡島の宝だと信じています。

大好きです。
鬼
● 人々のマツリ

鬼太鼓をやる人も、見物する人も、裏方として支えている人も、みんなその集落の人たちです。
約一か月前から毎夜の練習を続け、当日は各家を「門付け(かどづけ)」して舞い狂います。家々ではお酒とご馳走を出してふるまいます。大人は会社を休み、子供は学校を早退して、みんなで楽しみます。

朝の5時から鬼が踊ります。一日中ぶっ続けです。道ばたで婆ちゃんが拝んでいます。爺ちゃんが年季の入った太鼓を叩きます。過労死直前の鬼が道ばたに倒れています。しっかり踊れと怒号が飛びます。酔っぱらいが吐いてます。どさくさまぎれに獅子が女の人のお尻をさわります。ほんの少しだけなら許します。マツリですから。


● 生きている芸

保存された伝統芸能ではありません。毎年少しづつ変わりつつあります。より魅力的に踊りたくて、もっとかっこいい太鼓を叩きたくて、皆が工夫しています。よその鬼太鼓を真似してみたり、集落外からの参加者を受け入れたり。その集落には存在しなかったニューキャラ(獅子とか)を投入することまであるそうです。

もちろん良い話ばかりではありません。義務的に嫌々やってる人もいます。裏方で犠牲になる奥様の愚痴も聞きます。過疎の離島ですからやりたくても人手不足でできない集落もあります。滅んでいくマツリも少なくありません。とてつもなく悲しいです。どうしようもありません。
嬉しいことに、一度途絶えたのが復活する鬼太鼓もあります。そういう集落の皆さまを私はものすごく応援したいと思います。


● 見物する楽しみ

いろんな集落のマツリを見に行きます。踊り狂う鬼にひっついて歩きます。だいたいどこでも大歓迎してくれます。よく見に来てくれたと笑顔が輝きます。最後まで見て行けと強く誘われます。家々で出される「ふるまい」のおこぼれも頂戴します。もっと喰えと突きつけられます。

全世帯でくまなく踊る「門付け」を見て歩いているうちに、その集落に特有のリズムが体に入ってきます。叩き続ける太鼓の響きが、肌を通して染みこんでくるのです。こうなるともう帰れません。帰りたくても体が言うことを聞かないです。太鼓のリズムとひとつになって、体の芯が波のようにうねります。


● また来年もぜひ

けっきょく深夜の「宮入(みやいり)」までついて歩きます。集落のおやしろでフルバージョンの長い踊りが神様に奉納されるのです。とてつもなく気合いの入った最後の鬼太鼓です。まさしく神がかり。
終わったら、疲れ切った鬼はもう立てません。太鼓を打つ手も上がりません。全員、息も絶え絶え。

「来年も来いよ!」と声かけられて帰ります。寝るまでずっと体の中で太鼓が鳴り響いています。







狭い島なのに、タイプの異なる鬼太鼓がいっぱいあります。集落によってぜんぜん形式が違ったりします。私もまだごく一部の鬼太鼓しか見ていません。ここに書いていることはあくまでも「私が見た鬼太鼓」「私が感じたマツリ」です。


あなたには、あなたが感じる鬼太鼓があります。

礼儀と常識をわきまえた旅人の方なら、大歓迎してもらえることでしょう。

ようこそマツリへ。
おやしろ
次のページでは、もう少し具体的にご説明したいと思います。 > 鬼太鼓って何? -2







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