キンは子供のころ、群からはぐれて畑に迷い出たんだそうです。ほっとけば犬やテンにやられます。餓死するかも知れません。それを守り育てたのが宇治金太郎さんというご老人。のちに、この方のお名前から「キン」と名づけられました。
その当時、すでにトキは壊滅的に減っていました。だから野次馬が山のように押し寄せたんだそうです。本土からも大勢の人がカメラをかかえて来ました。東京からも捕獲班が派遣されました。そのたびにキンは逃げました。彼女が心を許していたのは宇治金太郎さんだけだったのです。
宇治さんは毎日キンのもとへ通いました。冬になって雪が積もり吹雪になっても。餌を持って毎日毎日。何キロもの道のりを歩いて。
同じ頃、すでに捕獲されていたトキは次々と死んでいきました。捕獲班は焦りました。早くキンをつかまえたい。でも宇治さんには頼みたくない。だってトキは国際保護鳥。田舎百姓のじじいなんかに指一本さわらせてなるものか。ということだったようです。
でも、時が来ました。失敗続きの捕獲班は、ついに宇治さんに捕獲命令を下しました。キンをつかまえろ。宇治さんの胸中はどんなだったでしょうか。
キン。自分だけを信じている生き物。一心に頼ってくれる存在。我が子と同じようなものです。それを裏切るなんて。檻に押し込めるなんて。しかも仲間のトキたちは檻の中で次々と死んでいく状況。
宇治さんは抱きしめるようにしてキンをつかまえました。
その直後、飼育されていたトキがまた一羽死んだというニュースが飛び込んできました。宇治さんの心境は察するにあまりあります。
それから宇治さんは、山の上の神社に毎日参拝しました。キンのことを想い続けて、長い石段の険しい参道を。
亡くなる前夜にも、うわごとでキンの名を呼ばれていたそうです。
というようなお話が、
トキ・共生の道はあるかというサイトさんの
日本最後のトキ、キンの生涯にまとめられています。ご興味のある方はぜひ。
また、小林照幸さんの著書
朱鷺の遺言もおすすめです。詳しく書いてあります。涙なしでは読めません。