六助さんの自己啓発 ☆ 外伝メモ6

どうどうめぐり

2004年2月


だらだらと書いている「六助さんの自己啓発」外伝メモ。このメモを書き始めた理由は三つありました。


じゃあなぜ「セミナーの本質的な問題点・固有の問題点」を考えてみたかったのかというと。それは私自身が「だから自己啓発セミナーは良くない!」と断言したかったから。一言で言い切れるようになりたかったからです。

六助さんは、一被害者として、ものすごくむかついてします。いまだに怒っています。だから同僚にも意地悪をしているみたいです。

あんなにセミナーにはまっていた同僚のひとりは、どうやら醒めてきたようです。平べったい工業製品の顔つきも人間っぽく戻ってきました。それとともに日々のパワーも失われてきたようです。意味もなく情熱の固まりだったのに。最近は仕事にも集中していません。勤務時間中だらだらと過ごしているだけ。元の木阿弥ってやつです。そういう同僚に向かって六助さんはセミナーのキーワードを投げつけてやるんだそうで、肩を叩きながら

「今日も本気で挑戦しようや!」

とか

「人生二度なし! 共に勝とうっちゃ!」

とか励ましているんだそうです。やなやつー。

そういうのって、よくないと思うんですけどー。カルト教団から抜けかけている人に教義を思い出させるようなもんでは?

セミナーにはまった人って、知り合いを勧誘しまくるんですよね。友だちを失いながら、家族にも迷惑をかけながら。自ら人間関係を破壊して歩いてるようなもんです。ということは、醒めた後にはものすごい「後ろめたさ」を感じるはず。その自責の念を増幅させることを言うなんて、いくらむかついてるとはいえ子供っぽすぎると思うんですけど。それに、醒めかけているときに攻撃的なことを言ったりしたら、相手は再び殻の中に閉じこもったりしませんか。絶対やめといたほうがいいと思うんですけどー。

ともかく六助さん、まだむかついています。怒っています。だから友人にもセミナーの悪口を言いふらしています。

ところが、返ってくる反応は間抜けなものばかりなんだそうです。

いわく

「ハマるやつらが馬鹿じゃねえの?」
「やりたいやつらにゃ勝手にやらしとけって」

こんな反応なら、まだいいほう。

社長命令で無理やり参加させられたと訴えてみても

「いい経験できたのう」
「俺もいっぺん行ってみてえもんら」

と茶化される始末。

あげくのはてに、

「うち(の会社)にも、啓発してほしいやつ、いっぺえおるけもなあ」

と、本気ともつかない冗談で終わってしまうのです。

だから六助さんは頭をかかえています。ぜんぜん憤りを理解してもらえません。六助さんにしてみれば、自己啓発セミナーは「合法的かつたくみに社会に潜伏しているカルト」なのに。

そのうえ、セミナーにはまってる人たちは、ある意味「社会的な名士」が多いそうなんです(社長さんとか)。組織がマーケティング的にそういう人を狙っているので、当然といえば当然なのでしょう。
名士が集まっている。ということは。それだけで部外者は「セミナー=良いもの」と見るんだとか。六助さんの友だちのなかにも「あそこの社長がやってるんだったら良いものなんじゃねえの?」と言う人がいたり。むしろ六助さんを疑う友だちまでいるんだとか。そういうもんですかー。

こわいです。六助さん、ますます危機感を募らせています。(いたずらに)

だから私も考えてみました。私は、自分の友だちに、セミナーの悪いところを一言で説明できるだろうか。納得させることができるだろうか。

できませんでした。

すでに書いたように、私には「だから良くない!」と言い切ることはできませんでした。考えても堂々めぐりの深みにはまるだけでした。

さらにヨシユキさんの一言が私に追い打ちをかけました。

ヨシユキさん。瞑想体験があるうえに、エセ聖者やカルトやその被害者も見てきた人。自己啓発セミナーのいかがわしさもよくわかっています。ところが話しているうちに出てきたのは

「でさー、セミナーっていったい何が悪いんだっけ?」







納屋へ戻るトップページへ戻るつづきを読む