自己啓発セミナーの問題点。六助さんはどう思いますか?
「あんなもん最低だし」
まだかなりむかついているようです。そりゃそうです。被害者ですもの。
「社長から強制されて、法外な金とられて」
マインドコントロールされて、思考能力を奪われて、社会性を破壊されて、新人勧誘マシーンにされて…・。 と指折り数えながら列挙。
「あんなもんにはまるやつら、馬鹿としか思えねえ」
自分の頭で考えているつもりで用意された結論へと誘導される。ものすごく巧妙だけれど、要約するとただそれだけ。
…・ちょっと待ってください。
そう言われて混乱してきました。
「あらかじめ用意された結論へと誘導される」
それって学校と何が違うんですか。
授業で解かされる問題とどう違うんだろう。
ヨシユキさんが体験した瞑想とは違うんだろうか …・。

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「学校とは違うよねー」
とヨシユキさん、珍しく断言。
学校もマインドコントロールだという見方はある。教育もしつけも洗脳だと言う人はいる。集落や企業や国家も洗脳のシステムだと言える。
たしかに一定の価値観を人々に持たせようとする作用は働いている。でもカルトや自己啓発とは違う。仮にマインドコントロールという意味で同じだとしても、学校は
「まおちゃん、卒業するでしょ?」
いつかは卒業する。独り立ちする。
すると小学校ではあんなに絶対だった先生の限界が見えてくる。習った知識の間違いもわかってくる。校則の理不尽さにも気づく。それを押しつけていた学校側の都合も見えてくる。
両親や企業や国家との関係もいっしょ。どれも、やろうと思えば卒業できる
(親離れ・転職・海外移住)。その気になれば「抜ける」ことは可能。
「ところがセミナーは抜けられないんだっちゃ」
と六助さん。
かくいうご本人、抜けられない生きた見本と同じ職場で働いてます。はまったまんまの社長と同僚。ご愁傷様です。
「いいんだよ、べつに何にはまっても」
どんな人でも、とくに若いときは何事かに「はまる」ことがある。それはそれでいい。それも成長の過程。
でも、はまっているうちは自分のものになっていない。とらわれているだけ。呪縛されているのといっしょ。
「はまっとる本人たちは勘違いしとるけもな」
自分は良くなった。成長した。真のリーダーシップを身につけた。日々いきいきと暮らしている。会社でも家庭でも本気で挑戦している …・。
「そこから卒業しないとねー」
卒業して初めて、かみ砕いて自分の栄養にできる。自分の生き方に反映させることができる。
残念ながら自己啓発セミナーというのは、自分の頭で物事を考えさせてもらえない。自分の意志による内省の機会を奪われているようです。つまり、
「『卒業を許さないシステム』なんだよ」
なるほどー。生徒を絶対に卒業させないシステム。
いったん捕まえたお客様は放さない。搾れるだけ搾り取る。顧客生涯単価を高め続ける。というとふつうのビジネスっぽいですけれど、そこにマインドコントロールの手法を濃厚に介在させて、新人勧誘マシンに仕立て上げる。
そして、そういうのにのめりこむ人は
「カルトにはまる人と似たタイプじゃないかな?」
意識がしっかりしてないからはまる。「意志」ではなく、無意識に対する「意識」が弱い。言い換えると「合理性」が訓練されていない。だからのめりこむ。バランスを失って倒れてしまう。
「ほんとに難しいのは、自分に対する合理性を保つことだよ」
数学の証明問題ができる、というのとはわけが違う。自分自身を、自分と社会との関係を、客観的に観察して論理的に判断できる能力。それがヨシユキさんの言う合理性。それが「意識」の強さ。
そういう強さに欠ける人がセミナーにはまりやすい。しかも相手は百戦錬磨のトレーナー。かかった魚は逃さない。体系的なプログラムで首を絞めていく。ずるずると闇の世界へ引きずり込んでいく。
「超能力とか神秘体験といっしょだよねー」
そういう体験をするのはいい。でも、それを冷静に振り返れないと駄目。さもないと呑み込まれてしまう。非合理の渦に取り込まれる。無意識の闇に引きずり込まれて「あっちの世界」から戻って来れなくなる。
「僕もインドでそういう人、いっぱい見たよ」
超能力を売り物にするエセ聖者や、ドラッグ体験にはまった人。
そういう人たちって、やっぱり論理的じゃないんですよね?
「と思うでしょ」
なんと、いわゆる教育レベルの高い、論理的な人もはまるそうです。なぜかというと、論理的であることと訓練された合理性を保つことは違うから。
いわゆる論理的な人は、ほとんどの場合、「合理性にとらわれている」だけ。そういう人は「非合理なるもの」を頭から否定する。つまり物事を一面的な見方しかできなくなる。
「とらわれるとバランスが悪くなるんだよねー」
そういう人ほど、いったん非合理なるものの魅力にはまると深入りする。現実を見失って社会生活が破綻する。「こっちの世界」に帰ってこれなくなる。カルトの幹部に理数系の人が多いというのも、おそらくはそういうことだと思う、とヨシユキさん。
「これは実体験として知ってるんだけど」
すぐれた瞑想家や僧侶や芸術家がどれだけ合理的な考え方をできるか、僕は知っている。
「デザイナーやカメラマンやミュージシャンだってそうだよ」
「感性」とか「センス」とか言うけれど、それだけでは決してない。少なくともプロは ----- 一定のレベルの作品を創り続けることができる人は、合理性も良く訓練されている。
「思いつき」だけでは創造は続かない。合理性をそなえているからこそ、無意識からのメッセージを手かがりにしながらも現実生活に生かす作品を創り続けることができる。あ、ここで「無意識」というのは、自分には決して見ることのできない広大な闇の世界であり、同時に無限の可能性を生み出す源泉なんだそうです。
「あんまりこういうことは言いたくないんだけどさー」
ほんとに超能力がある人って、べつにその価値をたいして認めてないよ。だって超能力が重要なんじゃなくて、その人がいかにより良く生きるかってことがテーマなんだから。そもそも、そういう人は
「そういう力を『超能力』とすら思ってないし」
ヨシユキさんは例をひとつあげてくれました。スピードスケートで銀メダルを獲得した清水選手。こんなことを語っていたそうです。スタートの瞬間、全身全霊を賭けて集中する。するとピストルが鳴るのが前もってわかる。というよりも、審判の人を自分の磁場に取り込んで、自分の意志で審判員を動かすことができる。「今!」と思った瞬間、引き金を引いてくれるんだそうです。あ、これはヨシユキさんのうろおぼえですからね。間違っていたらごめんなさい。
ところで、話がすっかりそれちゃいました。
自己啓発の問題点はいろいろとあるものの、一言で言うと
「人の成長を止めるシステム」「卒業させないシステム」
ということですね。
そして合理性に欠けている
(またはとらわれている)人ほどはまりやすい、ということですね。
私なりに理解すると、どうやらそういうことのようです。とりあえず納得しました。ところが。
「でさー、セミナーっていったい何が悪いんだっけ?」
って、なんなんですか今さら。
なにが言いたいんですかヨシユキさん。