六助さんの自己啓発☆12

正体?(後編)

2003年7月


いっとき大ブームになった自己啓発セミナー。精神障害になる人もいた。脳梗塞で倒れた人もいた。自殺する人もいた。家族を道連れにして心中する人もいた。
社会問題になった。訴訟沙汰になったケースもある。その反省からか、組織も昔に比べるとおとなしくなった。だから今では

「受けてもちょっとこうなる程度さ」

と銭亀さん、頭の横で人差指をくるくる。

受講後はハイテンションになる。まるで生まれ変わったような気分になる。それとともに、不思議なことですが皆さん同じような顔つきになるそうです。ガラス玉の目。工業製品のような笑顔。平べったい顔つき。まわりから見たらちびりそうなほど不気味な仮面です。「人間もどき」と呼ぶ人も。良くない言葉ですけど。
なかには精神に異常をきたしたり、「解離性同一性障害」といって多重人格みたいになっちゃう人もいるそうです。

実は正直言うと私、こんなことを書くのは好きじゃないのです。なぜかというと、こころの病いは病名だけで素人が理解できるほど単純じゃないはず。言葉の意味だって正しくは知られていないはず。それなのに安易に病名のレッテルだけ貼ってわかったような気になるのはどうかと思うのですが…・。

ご参考までに自己啓発セミナーに関する情報というサイトで見たのですが「自己啓発セミナーへの参加を契機に精神症状の発現をみた6症例」という論文があるんだそうです。その内訳を引用させていただきますと、

第一段階終了直後に心因反応、第一段階終了翌日に心因反応、 第三段階参加中に反応性抑うつ、第一段階終了直後に精神分裂病破瓜型(初発)、 第一段階2日目終了後に精神分裂病妄想型(急性憎悪)、ゲスト・イベントに参加した翌日に精神分裂病破瓜型(急性憎悪)。

大西健、山田和男、長瀬泰子、藤田興一、大久保善朗、渥美義賢、小島卓也、融道男、「自己啓発セミナーへの参加を契機に精神症状の発現をみた6症例」、 精神医学33(11)、pp.1217-1223、1991年

引用元:自己啓発セミナーに関する情報 > 自己啓発セミナー FAQ




銭亀さんによると、いま受けている初級コースで変になっても大多数はそんなにひどくならない。シャバに戻ったら徐々に回復していく。ときどきはフラッシュバックして混乱することはあっても、一年もしたら元通り。「あのころの俺は、なんか舞い上がってたなあ」という曖昧な記憶が残るだけ。だから恐れるほどの実害はない、というのですが。

「そこでやつらの腕の見せ所」

絶対に回復させてなるものかとばかりに、あの手この手でコンタクトしてくる。アシスタントからのしつこい電話もその一環。パートナーとの共同作業もそのひとつ。職場ぐるみでセミナーに参加している場合は、なお抜け出せない。回復するどころかますます取り込まれていく。

それでも銭亀さんに言わせると、この組織は最近おおっぴらに暴力をふるうわけでもない、いきなり何十万円も取るわけでもない。乱交させるわけでもない。そのうえ銭亀さんはすべての手口を知っているし、

「知りあいのカウンセラーにも頼んであるからね」

なんですって? あらかじめ受講後のケアを依頼済みなんですか。万が一のためにちゃんとそこまで。ちょっとそんなこと、一人だけずるいじゃないですかー。

銭亀さん、ふと思い出したように話題を変えました。

「高橋っていただろ。ほら、例の『グル』っていうやつ」

ていうと、あれですか。ライフスペースっていう組織の。例のミイラ事件で有名になった人。

「あいつらも自己啓発屋だったんだぜ」

えーっ、そうなんですか。私てっきりカルト系かと思ってました。
あれですよね、信者が死んでミイラになってるのに「『定説』によれば生きている」とか言ってた人。あの人たちも自己啓発屋さんだったんですか。しかも販売促進や人材育成のコンサルまでしていたんですって?
ネット上で調べてみると、こんな記録がありました。講談社WEB現代の記事「ライフスペースの恐るべき実体」です。グロい画像も載っているので閲覧時には充分気をつけてください。

「あのころはひどかったよなー」

オウムは出る、ライフスペースは出る、加江田塾は出る。それから神戸のサカキバラ。和歌山のヒ素カレー …・と指折り数える銭亀さん。
こころみに当時のことを年表風に並べてみました。



1994: 松本サリン事件
村山内閣発足
1995:地下鉄サリン事件
阪神大震災
1996:村山首相退陣、橋本内閣発足
1997:神戸小学生殺人事件(酒鬼薔薇聖斗)
1998:和歌山ヒ素カレー事件
ノーパンしゃぶしゃぶ事件
1999:ライフスペース事件(ミイラ・定説)
京都小学生殺人事件(てるくはのる)
JCO臨界事故 (東海村)
2000:加江田塾事件(男児ミイラ)
福永法源さん逮捕(法の華三法行)




こうして並べてみると、あらためて身の毛がよだちます。イトマン事件・佐川急便事件・薬害エイズ事件などもこのころだったとか。サイババブームとかいうのもあったそうです。




さかのぼってみると、自己啓発の最盛期はやはりバブルのころだったそうです。それがバブル崩壊とともに急降下。ちきしょーあんなに儲かっていたのに最近さっぱり稼ぎが悪い。それというのも不況のせい。新人勧誘も失敗続き。これじゃご飯が食べられない。
さすがの自己啓発も景気には勝てません。そこで彼らはどうしたか。

銭亀さんによると、一部はより危険なカルトに進化していった。これがたとえばライフスペース。受講料もどかんと値上げした。いわゆる客単価を上げる、ってやつです。
そして宗教色を前面に出してカリスマ性で売るようになり、信者を集団生活させて。しかも信者の子供も奪ったうえに虐待。両親から切り離して不潔な環境で栄養失調に追い込む。大切な成長期に組織ぐるみの虐待を受けた子供たちは人生むちゃくちゃ。孫子の世代までこころの傷をひきずることに。
あげくのはてにミイラ事件です。これじゃマスコミもほっとくわけがありません。たちまち叩かれて逮捕されちゃいました。

いっぽう、同じルーツから分岐したほかのグループはどう進化していったか。それが現在の自己啓発系。銭亀さんによると牙をひっこめた。その最大手が今まさに受講している組織。というか株式会社だと言うのです。

「社長の名前、知ってる?」

六助さんが知ってるわけありません。

「そいつな、昔は高橋と仕事してたらしいぜ」

高橋さん。というとミイラ事件のグル。ですかーっ!?
そんな人といっしょに。よりによってそんな人のセミナー。まさか六助さんもミイラに。かんべんしてくださいー。

かつて ××× という会社があったそうです。アメリカ人が設立した会社。これが日本の自己啓発の草分けです。
そして、いま残っている自己啓発系はほぼすべて、この ×××社がルーツなんだそうです。高橋さんのライフスペースもです。いずれも同じ系統樹から分化してきた亜種。見かけは違っても先祖は同じ。目的も同じ。手法もたいへん似ている…・。

銭亀さん、ふふんと鼻で笑って、

「どうでもいい話なんだけどさ、ホームページ見た?」

組織のホームページです。六助さんが見たはずありません。
こっそり教えてくれました。なんでも関連サイト内に隠しページがあるそうで、なんとそこには

「えげつないロリコン写真が何千枚も展示してあるらしいぜ」

あっ。
それ私聞いたことがあります。TECHさんエルエルさんもその話題を取り上げていらっしゃいましたもの。やっぱり本当だったんですか。ロリコン写真。何千枚も。なぜいったい自己啓発会社が?

「さあな。オーナー会員向けのサービスじゃねえの?」

いっぱいお金を払った会員向けのサービス。まさかアダルトサイトじゃあるまいし。それともそういう写真も自己啓発の教材だとか。「気づき」のための画像とでも。そんなこと。大量のロリコン写真。隠しページに格納。子供の体を。へどが出ます。

「それにしたって昔のような実害はないさ」

と銭亀さんはますます皮肉っぽく言います。

マスコミに騒がれるようなことはしない。より深くより巧妙に社会に溶け込んだ。マインドコントロールの技法もさらに洗練された。
ターゲットも絞りこんで、より効率的なビジネスを始めた。顧客は企業。狙いは社長さん。一人だけ落とせばいい。社長さえ落とせば社員から家族まで一網打尽。最小の努力で最大のお金儲け。 マーケティングです。
それってある意味、カルトよりもやばくないですか?

「まあ、そういう言い方もできるけどな」

やりたいやつにゃ勝手にやらせとけ、ってことですか。でも、だって銭亀さんの彼女も。

「あいつはしょせん、それだけの人間だったってこった」

冷たいじゃないですか。そんな言い方って。一度は愛した人なんでしょ。はまる人が馬鹿なんですか。相手はどんな人でも落とすテクニックを持ってるって言ったじゃないですか。
と銭亀さん、顔を近づけてきて、

「こう言っちゃなんだけど、佐渡島って田舎なんだよねえ?」

その通りです。

「景気はいいの?」

いいわけありません。

「やっぱりな」

ニヤニヤしてます。なんですか、なんですか。黙ってないでどうか教えてくださいよお。

「やつら、青年会議所に喰い込んでるみたいだぜ」

青年会議所? なんでしたっけそれ。

銭亀さんによると、中小企業の社長(または社長候補)の親睦団体のようなものだそうです。ただし社長といっても二代目や三代目。だから死ぬほど悩んでる人が多いそうです。
なにせこのご時世。業績は落ちるいっぽうです。なのに古株の社員はろくに言うことを聞いてくれません。若い社員は仕事中もケータイで遊んでます。しかも実権は先代社長が握ったまま。経営責任だけを押しつけられて針のむしろ。もういったいどうしたらいいのか。

そこへ入り込んで来たのが組織です。お題目は人材育成と活性化。これさえ受ければ救われます。社員はみんなヤル気を出します。自己革新なき企業に明日はない。と言われたら飛びついちゃうのも不思議はありません。各地の青年会議所だけでなくライオンズクラブにも潜入しているそうで、このままいくと

「全国の企業、しらみつぶしだぜ」

知らないうちに全国の会社が。いつのまにか傘下に。そんな馬鹿なー。

「組織化もしてるしね」

傘下の企業は仲良しグループにまとめられているそうです。××研究会とか××会とかいう名前だそうです。そういう看板を掲げて会社ぐるみで集まって、休日に活動されているとか。なにをしてるかというと、「研修」や「ボランティア活動」。

「あと政治家な」

なんで政治家が自己啓発。死んでも縁がなさそうなのに。それとも企業となにか関係が あっ。

「ゼニと票さ」

後ろ盾になってる会社の意向ですか。
全国の企業を通じて地方議員を動かす。議員本人をもセミナーに取り込む。うまくいけば組織の人寄せパンダにも使えます。

「けっこういるみたいだぜ」

参加されている議員さんですか。そんな恐ろしい。と思って地元新潟県内の議員さんを調べてみたら。
ほんとうにいらっしゃいました。ご自身のサイト上に組織に入ってることを明記されている議員さんです。こわいのでお名前は書きません。ついでに議員さんのサイト全般がどれだけしょぼいかもよくわかりましたけど、これは関係ない話。

ともかく企業から議員へ。議員から議会へ。やろうと思えば自治体さえ。いえ、国政にも影響を及ぼせるじゃないですか。ショ〜コ〜♪ とか歌いながら選挙運動していた人たちよりも、はるかに巧妙な戦略です。でもその先に、組織はいったい何をめざしてるんですか。

「そんなもの俺の知ったこっちゃないさ」

でもな、やろうと思えばこの国を変えることだってできるかもよ。世間の連中がぼやーっとしている間に、やつら、いつのまにか社会に深く根を張ってるんだから。

…・恐怖のイメージが頭から離れません。宿主の生命を喰いつくすエイリアン。マツクイムシに汚染された松。気づいたときには中身すかすか。空洞の立ち枯れに。ある日突然ぽっきりと。

「まあ田舎の人は一発でだまされるからね」

ってそんな言い方をしなくても。都会の人もセミナーにはいっぱい来てるんでしょ。失礼じゃないですか、だまされやすいだなんて。

「だって、あんただって今俺が喋ったことぜんぶ信じてんだろ?」

うそ。うそ。今までの話、まさかぜんぶ嘘だったとでも。
ニヤニヤしながら銭亀さん、身を乗り出して六助さんの眼を喰い入るように覗き込みます。

「甘ったれちゃ駄目だねえ」

俺が言ったようなことくらい自分で調べなよ。すぐにわかるぜそれくらいのことは。
それもやらずに得体の知れないセミナーに飛び込んで来るとは、まあ善良というか幼稚というか、ほんとにあんた おめでてえ人だな。

「だからだまされるんだよ」

企業も政治も関係ないんだよ。いつまでも人に頼ってんじゃねえよ。あんたもいい年して、いつまでも会社にしがみついてちゃいけないねえ。親からもらった自分の二本足でしっかり歩けよな。ほら、トレーナーの鰐淵も言ってただろ。と再度ニヤリ。

「あんたの人生。責任をとるのはあんたしかいないんだぜ」







納屋へ戻るトップページへ戻るつづきを読む