六助さんの自己啓発☆11

正体?(中編)

2003年7月


そんなひどいこと。そんな恐ろしいこと。
そんなに簡単に人の心が壊れていくなんて…・。

「まだわかんねえの? あいつらプロなんだぜ」

クールな銭亀さんが少しイラついたように言います。
素人がプロに抵抗できるはずがない。むしろ「自分だけはだいじょうぶ」と考えている人ほど危ない。なぜかというと、

「受講する連中は、そういうやつがほとんどだからだ」

信念を持った人を転ばすのなんて簡単。考え方がしっかりしている生徒ほどやりやすい。だから叩き上げの経営者も、大企業の部長も、高級官僚も、逆にヤクザの親分も、在日の苦労人も …・、そういう人が墜ちていくのを

「何人も見てきたんだよ、俺は」

このあたり、ヨシユキさんが言ってたこととも符合します。

「いわゆる『意志の強い人』ほど危ない。そういう人ほど逆にはまりやすいし、抜け出せなくなるもんだよ」

しかも組織は、毎週のセミナーごとに新しい技法を開発し実験し続けている。マインドコントロールの新技法。実験しながら改良。今日も明日も。百人単位の 生徒 被験者を利用して。
こんなに大規模で徹底的な実地実験なんて、精神医学の専門家ですらやったことがないはず。大学や研究機関にはとうてい不可能。「表の世界」にはまったく存在しない経験とテクニックです。
唯一、世界で組織だけがエキスパート。組織だけがプロ。

銭亀さんが突然がらっと口調を変えました。

「あなたは今までどんな生き方をしてきましたか」

ぎょっとした六助さん、口ごもりながら、

「いえ、あの、ろくなことはしてないんですけど」

「あなたは今までどんな生き方をしてきましたか」

「まあ適当に日々すごせればって感じで…・」

「あなたは今までどんな生き方をしてきましたか」

「…・… ・…・ …・」

銭亀さん、おかまいなしに問い続けます。その目は六助さんを見ていません。岩のような顔つきで宙の一点を見つめたまま。質問だけが繰り返し重くのしかかってきます。

「あなたは今までどんな生き方をしてきましたか」

「いや、だから。生き方とか言われても…・」

「あなたは今までどんな生き方をしてきましたか」

「ちょちょっと、なんでそんなこと聞くんですか」

「あなたは今までどんな生き方をしてきましたか」

いったいなんのまねですか。やめてください。六助さん、泣きそうです。
銭亀さん、ようやくもとの口調に戻って、

「な、こういうわけなんだよ」

相手が何を答えようとおかまいなし。ともかくおんなじ質問を機械的に投げ続ける。怒っても泣いても気にしない。同じ問いを繰り返す。密閉された空間で、大声でずーっと反復。
問われる側はとうぜん質問の意味を考えたり、正解はなにかと悩んだり。怒ったり反論したり。それでも続きます。こちらの反応は完璧に黙殺したまま、えんえんと同じ質問が。時間の感覚すら失って疲れ果てるまで。

「そのうち、変になるやつが出てくるんだよ」

って、気がへんになるってことですか。
どうやら突然こころが晴れたり、なにかが見えたりするそうです。つまり「転ぶ」。心の奥底でなにかがカチッと切り替わる。それが「解離性障害」ってやつですか。ときには「変性意識体験」といって、いわゆる神秘体験をする人まで出てくるそうです。しかもそういうのは生徒間で伝染したりするんだとか。

「明日のセミナーはこの手でくるはずだ」

いやです。転びたくありません。自分は自分のままでいたいです。
強制されてなんか変わりたくありません。それも組織の利益のためだけに、意のままに操られるなんて。自分では自主的にやってるように思いこんで。そんなのゾンビです。お願いです。人間のままでいさせてください。なんとか対抗する手段はないんですか。

「簡単なことさ」

銭亀さん、まるで紙くずでも投げ捨てるように、

「抜ければいい」

と、ぽつり。

そ、そんなー。まさか途中で帰れとでも。
それができるくらいなら初めから来ていません。今さらとんずらしたら六助さんは間違いなく会社をクビになっちゃいますよー。

「だったらあきらめるこったな。でも、あんた」

ほんとは最後までいたいんだろ?










図星です。













だって、せっかく来たセミナーですよ。はるか彼方の佐渡島から。わざわざ東京まで。半日以上もかけて。
そりゃ嫌ですよこんなセミナー。でもここで帰ったらもったいない。来たからには最後まで見なきゃ損。それに会社をクビになったら元も子もない。そもそも総額14万円ですよ14万円。途中で帰ったら馬鹿もいいとこです。どぶにお金を捨てるようなもの。

「と、誰でも思うわな」

だから誰も逃げない。嫌々ながらも参加し続ける。自分の意志でとどまり続ける。ますます 相手の思うつぼ。

でも、ちょっと待ってください。銭亀さんご自身はどうなんですか。身をもってセミナーの恐怖を知っているのに。いったいなぜ参加。

「こんな商売やってると人間関係がいろいろあってね」

どうしても断れない紹介者だったそうです。

「いまに来るさ」

え? 紹介者が来る? ってそれ、どういう意味ですか。セミナー会場に来るんですか。

「花束持って登場するんだぜ、たぶん」

銭亀さん、クククと笑っています。

セミナーの最終段階。つまりほとんどの生徒が自己啓発された時点で。
いよいよ感動的なセレモニーの幕開けです。








ざわざわざわざわ。

(ステージにトレーナー登場)

皆さん、ほんとうにお疲れさまでしたぁっ!!

(いえ〜いっ!)

さて、ここで思い出してください。皆さんがこの研修の話を初めて聞いたとき。どう思いましたか? 家族から、同僚からこの話を聞いたとき、どんな印象を持ちましたか?
おそらく多くの人はうさんくさいと思ったのではないでしょうか。この会場に来てもまだ疑っている方がいましたね。

(しーん)

でも、いま実際に体験してみてどうだったでしょうか?
…・私は知っています。皆さんほんとうに必死でやってくれましたね。本気で取り組みましたね。私のほうが感動したほどです。ありがとうございます。こんなに真剣に取り組まれた皆さん、今までに私は見たことがありません。私の胸はいっぱいです。だから、

(生徒一同をゆっくりと見渡して)

いまの皆さんの表情は自信と希望に満ちあふれています!!

(うおぉっっ〜!)

ともに自己革新をなしとげることができた。百人の素晴らしい仲間とともに。そしてどうですか今。これから職場に戻ったら本気で仕事をするぞ、俺は挑戦するぞ、これからも自己革新を続けるぞ、そう思っていますね?

(いぇぇっっ〜!)

さあ思い出してください。そんな素晴らしい研修をあなたに紹介してくださった方を。あなたから嫌われるのも覚悟のうえで紹介してくださった方を。
ほんとうにいい研修だから、あなたのことを心底大切に考えているから紹介してくださったんですよ!!


じゃじゃ〜〜〜ん♪


…・ らららららら・る〜るる〜〜♪

(感動的な音楽)

どやどやどや。

(全紹介者、入場)

る〜るる〜・る〜るるる〜〜 …・・ ♪

(驚愕の嵐)

生徒100人をセミナーに送り込んだ100人の紹介者。その全員が入場。それぞれ花束をかかえて各生徒のもとへ。衝撃そして感動。涙の対面シーン。鼻水たらして抱き合って。
六助さんの社長もいます。しぶちんの社長です。二日酔いの狸親父です。いえ、そうだとばかり誤解してました。いまはわかります。ほんとうに僕のことを考えてくれてたんですね。だから今日もわざわざ佐渡島から。このために。花束まで持って。

(会場のあちこちで涙の抱擁、握手、そしてあふれる笑顔)

(みんな、ひとつの大家族…・)



(これがまたエンロールの一環なんだけどな)

(エンロール…・。 業界用語で新人勧誘)



(トレーナー、あふれる感情を抑えきれないように)

ありがとうございます、ありがとうございます。素晴らしいです。私も感動しています。見てください私も涙が止まりません。こんなに素晴らしい経験をシェアできて、皆さんといっしょに学ぶことができて、私はなんて幸せ者なんでしょうか。

(涙をふいて笑顔に戻り)

さあ皆さん、考えてみましょう。たとえば良い映画を見たときのことを。
こんなに良い映画はない。深く感動した。その後にどんな行動をとりますか? 人に教えたくなりますね。ぜひこの映画を見てみないか。素晴らしい映画だった。君のためにもなるよ…・。
そう、それが人間の自然な気持ちです。感動はわかちあいたいものです。シェアすることによって人間関係は広がります。あなたの果たすべき役割も大きくなるのです。
ましてや、それが人のためになることであれば、なおさらです。こんなに素晴らしいことはありません。あなたの横にいらっしゃる方を今一度ご覧ください。

(見つめあう笑顔と笑顔)

同じようにあなたも紹介しましょう。あなたが感動したこの素晴らしい研修。ともに自己革新をなしとげたかけがえのない体験。それを知っていただけるんです。間違いなくその人のためになります。あなたがそうであるように。
しかもそれは今後ずっと続くあなた自身の自己革新でもあります。もちろん私たちもお手伝いします。絶対にあなたを一人ぼっちにはしません。これからもみんな一緒です。必死でお手伝いします。これからもあなたのために。

(じ〜ん)

思い出してください。皆さんにはこの研修でいくつも大切なことを学習していただきました。いいですか、たとえば情報はシェアすること。パートナーやアシスタントと協力して課題に取り組むこと。具体的な目標を立てること。その目標を達成するために計画を立てること。そして本気で挑戦すること!!

(一同、力強くうなづく)

しかし学習しただけでは何の役にも立ちません。机上の空論です。具体的に行動してこそ真の自己革新は始まるのです。
言うだけなら誰でもできる。子供でもできる。居酒屋で愚痴ってるだけの安サラリーマンと同じだ。あいつら体だけは大人だ。一生なんの希望もない。あんなやつらにはなりたくない。
でも私たちは違います。私たちはやります! ともに道を切り開きます! これからも 本気で挑戦します!!

(うおぉっっ〜!)

さあ、いま実践のときが来ました! お一人ずつ壇上に上がってください!








そしてひとりずつステージ上へ。全員の前で宣言します。新人勧誘の誓約セレモニーです。
自分は何人ゲットするかという人数。いつまでにゲットするかという締切日。その二つを、同級生全員の前でみずから約束するのです。

ひとりが宣言するたびに会場は割れんばかりの拍手に包まれます。より多くの人数を約束した人ほど拍手は高まります。競争意識も燃え上がります。やってやるぞと本気です。
さあ、今すぐそれぞれの故郷に戻って活動を開始。パートナーと、アシスタントと、毎日連絡を取りながら。叱咤激励しあいながら。同級生に負けないように。必死で。新人勧誘を。















「もちろん勧誘のテクニックは実戦で叩き込まれるんだぜ」

と銭亀さん。

教室内でロールプレイを繰り返す組織もあれば、街頭で実地練習をする組織もあるそうです。組織によっては身障者のふりして駅前募金活動をしたり、無一文のヒッチハイクだけで旅行させる訓練もあるそうです。あと、自分の友人知人(勧誘対象者)の住所連絡先をリストにして提出したり。

このようなエンロールも当然すべて「研修」です。ということは受講料が必要。つまりお金を払って勧誘方法を教わるのです。
これじゃ「カモネギ」どころの話じゃありません。カモがネギしょって友だちのカモもいっぱい連れて、そのうえ札束まで背負って来るようなもんです。死ぬまで笑いが止まりません。

看板は「自己啓発と企業の活性化」。その真の目的はオンリー金儲け。手段はマインドコントロール。雪だるま式に増える被害者。そういうことですか?







納屋へ戻るトップページへ戻るつづきを読む