六助さんの自己啓発☆10

正体?(前編)

2003年5月


ファイアードラゴンッ。がんばるぞぉぉっっーー!!
ファイト オー! ファイト オー!
ファイト オォッッーーー!!

いぇ〜いっ、パチパチパチパチパチパチパチパチ。








ぜんりょくで行くぜぇぇっっ、突撃ファイターズ!!
ダッシュ オー! ダッシュ オー!
ダッシュ オォッッーーーー!!

いぇ〜いっ、パチパチパチパチパチパチパチパチ。










とまあこんな具合に、10のグループが順に絶叫しました。エールの交換です。お互いに盛大な拍手。美しいー。

お弁当を食べた後です。休憩もしました。だから全員だらけています。朝から疲れて眠いです。ここはいっぱつ気合いを入れなきゃ、ということなのでしょう。
午後の部はこうして「気合いの入れ直し」「テンションの再アップ」で始まりました。ここでちょっと朝からの流れを振り返ってみましょう。


  1. ウェルカム:
    すべての職員とアシスタントが全生徒を笑顔でお出迎え。ものすごくフレンドリー。とってもあたたかい。思わず尻尾ふってなついちゃいそう。

  2. 共通ルールによる制約:
    オリエンテーションで厳しいルールが何カ条も。守れない人は帰れとまで。
    この「ルールによる行動の制限」は、この後もかたちを変えながらセミナー全般にわたって登場しました。

  3. 外部との遮断:
    窓すらふさがれた密室。靴は靴箱に預けたまま。昼休みさえ外出禁止。ていうか、出るに出られない状況。

  4. 疲れる講義:
    科学っぽいキーワードの羅列。内容はむちゃくちゃだけど迫力はすごい。話術もひじょうに巧み。だから疲れた頭でいつのまにか納得。

  5. アシスタント:
    自信に満ちあふれた笑顔。全力疾走と絶叫。きらきら光るガラスの眼。ともかく度肝を抜かれます。正気でいるのはただひとり、トレーナーだけなのかも。

  6. 刷り込み:
    冷静になって考えたら突っ込みどころ満載。ですけれどレトリックを駆使して煙に巻く。そして結論だけは誰にでもわかりやすい言葉で提示。それもしつこいほど繰り返して。いつのまにやら刷り込みです。

  7. 嵐と癒しの反復:
    絶叫して怒鳴り散らしたかと思うと、いきなり照明が落ちて瞑想ミュージック。まるで子供をあやすよう。これも繰り返して、繰り返して。

  8. 無意味に考えさせる:
    わかりにくい表現を多用。まったく意味が取れない質問も自信たっぷりに投げかけてくる。聞いてる側はいつのまにか深読みモードに。
    「先生の質問のほんとうの意図はなんだろう?」「わからない私が馬鹿なんだろうか?」

  9. 内面だけを見つめさせる:
    セミナーを受講したのは「あなた」。自分の人生に責任を持つのも「あなた」。そして成長していくのも「あなた」。でもなかなか自己革新できないですよね。なぜならそれは今までの経験に執着しているから。その執着しているのも「あなた」。ぜんぶ「あなた」。

  10. 混乱させる:
    やがて言葉の意味についても混乱し始める。「感情って何?」「人生の目的って何?」「正しいって何?」「私って、いったい何?」

  11. テンションアップ:
    生徒同士を睨み合いさせて叫ばせて、いっきに攻撃性を高める。グループ間の競争ムードもあおる。セミナー後半ではさらに激しい緊張の嵐に襲われます。

  12. 一体感と依存:
    そうこうするうちにグループ内でメンバー同士の親近感が高まる。面倒見係(アシスタント)に対する依存心も高まる仕掛け。二人一組のパートナーとも深い心の交流が。まるで家族のような感情が芽生えてゆく。セミナーが終わった後も会いたくて仕方がなくほるほど。


とまあ、こんな感じでしょうか。

こうやって整理して考えられたのは、実は銭亀さんのおかげなのです。例のヤクザっぽいビジネスマン。得体の知れない男性。昼休みにはアシスタントの正体も教えてくれました。その後もいろいろと教えてくれました。

というわけで、突然ですが話はセミナー初日の夜に飛びます。









六助さんと銭亀さんは喫茶店にいました。六助さんが誘ったのです。深夜になっても店が開いています。さすがは東京。

初日を終えて心身ともに疲れ切っています。宿題も出されました。明朝までにやらなきゃいけません。お茶なんかしてる場合じゃないのにー。
でも残り二日間のセミナーでどんな恐ろしいめにあうのかを知りたい。組織についても聞いてみたい。裏社会に詳しそうな銭亀さんならきっと教えてくれるはずです。

「ほんとにひどいセミナーですよねー」

と話をふった六助さんに返ってきのは、思わぬ答えでした。

「そうでもないぜ、あれは」

かわいいもんだよ、自己啓発系では最大手だけどね、と続きます。
え、自己啓発系、ですか。そう言うからには、ほかにも似たような組織があるんですか。

銭亀さんは「啓発系」「宗教系」「政党系」「コミューン系」と分類してみせて、私でも知っている団体名をいくつもあげてくれました。オ×ムとかエ××の×人とか×一×会とかヤ××シ会とか××学会とかです。なかには佐渡島にも根を下ろしてる団体もいたり。あっ、これは銭亀さんが言ってたことですからね。私はなんにも知りません。

「そいつらに比べたら、ここはかわいいもんだよ」

いきなり何十万円も取るわけじゃない。暴力をふるうわけでもない。家族を離散させるわけでもない。人格を崩壊させるほどでもない。 …・って人格を崩壊。そんなことできるんですか。

「あんた、なんにも知らないんだな」

と呆れるように銭亀さん。

「昔から人間はそういうノウハウを持ってるんだぜ」

軍隊もそう。宗教もそう。企業だって、ある意味ではそう。構成員の思考能力を奪い特定の価値観で支配するテクニックは昔からあったそうです。それらの団体をみんな同列に考えるのもどうかと思いますが、ともかくいわば 忠実な犬づくり。

「よくは知らないけど、そういうテクニックは戦後の中国とアメリカで特に発達したようだな」

中国では共産党員をコントロールするために、アメリカではマルチ商法の実践トレーニングとして、それぞれ発達したそうです。
「もともとはベトナム帰還兵のリハビリ目的のために発達した」という説もあるそうですけれど、それは誤解だとか。

「日本に入ってきたのは、確か70年代の後半」

というとずいぶん昔ですね。
当時のセミナーブームはすごかったそうです。なにせ乱立期です。まだ誰にも正体はバレてません。だからやりたいほうだい。発狂しても自殺してもおかまいなし。というわけで、

「参加者同士で 乱交 するようなこともあったんだぜ」

うそ。

信じられません。セミナー中に参加者どうしが。

衆人環境のなかで。まさかそんなこと。

「だって、あいつらの手法はね」

と銭亀さん、ニヤニヤしながら説明してくれました。


まず、セミナーは グランドルール の説明に始まります。これはセミナー全般に渡る約束事。たとえば「遅刻するな」「手をあげてから発言」などなど。その他こまかいルールがびっしり。

このような「行動の規制」は、かたちを変えながらさまざまな局面で登場します。
そういえば今日、グループごとにゲームのようなことをやらされたのです。スタートした瞬間、幸多さん(アシスタント)の表情が変わりました。それまではニコニコ顔だったのが鬼のような形相に。
たかがゲームですよゲーム。それなのに、ルールを間違えた人を血相変えて怒鳴り散らす。六助さんも怒られまくって本気で泣きそうになっちゃいました。こうしてスタッフへの依存度を高める仕掛けです。
そういえば私も小学校の先生にはいまだに頭が上がりません。怒られてた記憶と従っていた習慣が深く体に刻印されています。

組織によってはルールの文言にも巧妙な工夫があるんだそうです。
たとえば「君たち遅刻するなよ」ではなく「遅刻はしません」と言う。許可なく発言した人には「手をあげてから発言します」と指摘する。ぼーっと講義を聞いてる人には「ちゃんと背筋を伸ばして聞きますよ!」と叩き込む。
いいですか。命令形ではありません。それなのに主語のないフレーズです。その繰り返しによって、生徒はいつのまにか自分で定めたルールのように思いこんじゃうそうです。他人から押しつけられたルールではなく自分で決めた約束事。頭の中でいつのまにか、そんなふうに変換。だからますます思いのままに規制されていく。そんなもんですかー。

「その計算されつくした積み重ねが、やつらのノウハウなんだ」

ひとつひとつの技法はなんていうことはなかったりする。日常生活で使うレトリックとさほど変わらないことも。売り込み上手な営業マンの手法といっしょ。広告コピーのテクニックにも似ている。
でも、それらを体系的に組み合わせて、周到に準備された異様な環境で実施したら。何日間にも渡って疲れさせ、睡眠時間すら削り取って誘導していったら。意図した方向に人を動かすことができる。まるで木についたリンゴがゆっくりと腐っていくように。じわじわと、でも確実に。もちろん自覚症状はないままで。

こういったマインドコントロールの第一段階を、業界用語では 解凍 というんだそうです。
解凍。すなわち自我を崩壊させる過程。

「その後、『変革』『再凍結』と続くわけ」

これらも業界用語だそうです。
「変革」とは組織の価値観を刷り込むこと。「再凍結」とは新しい人格を作ること。それぞれきめこまかなノウハウがあって、すべてマニュアル化されているとか。百科事典のように分厚いマニュアルだそうです。生徒の扱い方も気質別・態度別にきめ細かなチャート式で定められているのでしょう。それを実践するのは百戦錬磨のトレーナー。

やがて生徒は、ある一点において突然「転ぶ」。じわじわと腐ってきたリンゴがある日突然落ちるように、ぽとりと。
この現象は組織によって呼び方がさまざまだそうです。たとえば「回心」「気づき」「解放」「自己革新」など。精神医学的には「解離性障害」と言うんだそうですけどー。

セミナー全般を通じて繰り返されることは、
感覚の混乱。生理的な疲労。外部との遮断。仕組まれた内省。恥部の攻撃。秘密の強制的な告白。一体感の昂揚。特殊用語の刷り込み …・。

「とまあ、そんな感じかな」

そんなに淡々と説明されると逆にこわいんですけど。びびりあがる六助さんのことは気にせず銭亀さんはさらに教えてくれました。

「これは有名な手法だけどね」

生徒が二人一組になる。一人が相手の背後に回る。もう一人は体を直立させたまま、棒のように後ろへ倒れ込む。それを地面ぎりぎりで受け止める。へたしたら後頭部を地面に打ちつけて気絶しちゃいます。
こわくて勢いよく倒れられなかった人は、パートナーに対する信頼感がない証拠。だから、

「人を信じることもできないくて、どうして自分を信用してもらうことができるのか!」

と怒られるそうです。
いっぽう、倒れてくる人をキャッチするのに失敗した人は、気絶させたことが負い目になってパートナーに心を捧げるようになっちゃうんだそうです。これは超有名な手法だとか。

あと、やはり二人一組になってお互いの欠点を指摘しあったりもするそうです。言っときますけど見ず知らずの他人です。その欠点(しかも見かけ上)をズケズケと。それも怒鳴るように言えと。それがパートナーのためなんだと。
はじめは遠慮がちに指摘していた人も、巧妙なアオリに乗せられて大声を出し始めます。皆がやってるのに自分だけやらないわけにもいきません。やがて会場全体が怒号につつまれるとか。うわんうわん。罵詈雑言の嵐です。

「自分を解放しろ、殻を破れ、経験と執着心を捨てろ、ってのがあいつらの理屈だからな」

そして個人的な秘密すら告白させる。絶対に思い出したくないトラウマを吐き出せと迫られる。ここまで来ると、そういう馬鹿げた指示にすら呆然としつつも従うようになっているそうです。
会場は暗転して大音響の瞑想ミュージック。全員が絨毯に身を横たえる。隠しとおてきた秘密をいっせいに告白する。子供のころの封じ込めた記憶。両親との葛藤。性的な嗜好。そういうものまで、すべて。
追体験と苦痛、身がよじれるほどの後悔と自己否定、泣き声と悲鳴、そして絶叫。闇のなかで全員がのたうちまわりながら。心の傷口に指つっこんで、血の涙を流しながら。

これ、場合によっては服を剥ぎ取ってまで実践するんだとか。つまりまっぱだか。なぜかというと殻を破らなきゃいけないから。心と体を開放しなきゃいけないから。
そんな状態で告白しあうと、

「麻薬的に一体感が高まるんだよ」

親密感と依存心がわきあがる。いえ、自我の境界が失われる。
どこまでが自分? 私ってなに? あなたとひとつ? 誰かが教えてくれる。指示を与えてくれる。導いてくれる。ああ光が見える。とてもあたたかな気持になれる。私は生まれ変わった。いままでの私じゃない。私は世界。世界は私。ああ自信と力が満ちあふれてくる…・。

「それがやつらの言う『解放』なんだ」

恐ろしい。なんて恐ろしいこと。

「あげくのはてにセックスさせられたり、な」

そんな馬鹿な。いくらなんでもそれは信じられないです。
だって、もしも万一よっぽどスケベな人だったとしても、まさか衆人環境でそんなこと。いきなり。

「恥ずかしいって感情は『経験への執着』だ。『自分の殻を破れない』ってことなんだよ」

それが組織の論理。だから無理矢理やらされる。ていうかスタッフが率先してやる場合も。

「あいつらは『支配者』だからな。その手段は体と心の暴力」

そ、それって。まさしくカルトでは。
銭亀さん、吐き捨てるように、

「馬鹿いってんじゃないよ。違うのは看板だけじゃねえか」

自己啓発もカルトもやってることは皆同じ。目的も同じ。手段は参加者の人格操作。めざしているのは金儲け。異なる点はただひとつ。どれだけ巧妙に社会にとけ込んでいるか。その一点だけ。 … ってつまり、そういうことですか。

震えあがる六助さん。明日から自分もそういうめにあうのです。すべてを捨てて逃げ帰りたい。
いえ、それだけではありません。ふと我に返りました。目の前にいる銭亀さんです。あなたいったい何者ですか。なんでそんなに詳しいんですか。異常です。ひょっとしたら過去にマインドコントロールされた経験でも。それとも組織の人間として働いていたとか。こわいです。お願いします。どうか正体を教えてください。

ちょっと黙っていた銭亀さん、ぽつりと口を開きました。

「昔な。やられたんだよ俺の女が」

まさかそんな過去をお持ちだったとは。

若き日の銭亀さん。同棲していました。その彼女が某組織にはまったそうなのです。
当時は血の気の多かった銭亀さんは彼女を殴り倒しました。組織の人を恫喝するようにして彼女を引きずり戻しました。
悪いことに銭亀さんの家は先祖代々の地主さんでした。それも水商売系の繁華街だったそうで、だからヤクザ屋さんとの親交も深かった。それはいいのですが、持ちビルの一角を組織が借りていたのです。とうぜん銭亀さんは彼らを追い出しにかかります。そこで組織は復讐を開始…・。

彼女をマンションに押し込めておいた銭亀さん。それはほとんど拉致監禁の世界。ところがある日仕事から戻ったらドアが開けっ放し。部屋のなかに倒れていました。彼女がです。半分はだかで。うつろな眼をして。
レイプされたんです。乗り込んできたメンバーがうまいこと言ってドアを開けさせて、集団で。

「どっちにしても、もう手遅れだったけどな」

その後も組織のメンバーは、銭亀さんの留守を狙って押し入っていたようです。「ようです」というのは、すでに彼女は白昼夢に漂っているような状態だったから。どこまでが現実でどこまでが夢なのかも判然としない状態。そして気づいたときには、

「ヤク中さ」

それというのも、レイプのたびに薬を。それも強力なやつを。

そんなこと。そんなことって。







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