六助さんの自己啓発☆9

アシスタント

2003年6月


生徒100人が十グループに別れました。いよいよグループワークです。と思ったら。同じグループに見おぼえのある顔。なんと銭亀さんではないですか。
知ってる人です。うれしいです。感激です。懐かしいような安心するような、もうそれだけで六助さんは泣いちゃいそう。

でもね、よく考えてみたら銭亀さんと知り合ったのは前回の休憩時間。つまり、わずか2時間前。それなのにこんなにほっとするとは。挨拶をかわしただけの関係なのに力が抜けるほど安心。それほど緊張の連続だったのです。

あらためてご紹介しましょう。銭亀さんです。
ビシッと決めたビジネスマン風の男性。眼鏡の奥にシャープな目。それなのにヤクザっぽい匂いがぷんぷんする得体の知れない人。と言っても崩れたような感じはありません。高そうなスーツを着て体格もよくて、なにかこう鋼鉄でできたような感じの人です。
お仕事は株関係のようで、あとからわかったのですが、どうやらフリーで取引してる人のようです。しかも裏社会のことについてやたらにお詳しい。ご自身も足を突っ込んでる気配です。つまり要約すると、こんなセミナーにはどう見ても縁のなさそうな人です。

銭亀さんのほかに、ヨシコさんも同じグループにいました。アシスタントを見て「きもちわるー」とつぶやいてた人です。頭は切れそうですが目つきが暗くて陰険っぽい女性です。

銭亀さんもヨシコさんも、しゃばでは絶対にお友達になりたくないタイプです。でも、こういうメンツなら洗脳されそうにありません。同じグループになってよかった。

グループワークを主導してくれるのは各グループに一人ずつ派遣されたアシスタントです。つまり 面倒見さん。 あ、これは別組織の内部用語でしたっけ。
六助さんのグループに派遣されたのは例の新卒っぽいお姉さん、幸多さん(仮名)です。けっこうきれいな女性です。ちょっぴり嬉しくなったり。でも、にこにこしているその目はあいかわらずガラス玉。まずは皆でグループのサブリーダーを決めました。

サブリーダーが決まったら次はグループ名です。全員で知恵を出しあいました。テーマのないブレーンストーミング。ていうか単なる思いつきの羅列。こんなのが出たそうです。


そのセンス、まるで腐ったイカの塩辛です。これもセミナー効果ですか。

皆さん意外に楽しそうです。さっきまで鰐淵さんから怒鳴られて全身汗びっしょりになるほどの緊張が続いてました。それがほぐれてリラックス。リードしてくれるのは幸多さん。若くてきれいな笑顔の女性。なごやかです。けっきょく決まったグループ名は ファイアードラゴン。がんばってください。

さて、ここでようやくお昼ご飯です。時刻は1時過ぎ。昼休みです。
朝からずーっとあれこれやられて疲れ切ってます。へとへとです。やっと一時解放。なにを食べましょう。マックにしますか吉牛ですか。どちらも佐渡島では食べられない貴重品。ともかくここは銭亀さんといっしょに行きたいです。と思ったら、

「では、お弁当をお出ししますねー」

と幸多さん。

そうです、お弁当です。三日間ともこのフロアで。皆で仲良く食べましょう。決して外には出られません。朝9時から夜9時まで、ぶっ続けの研修です。とうぜんですけど弁当代、初期費用とは別なので。三日分で三千円。はい今すぐ集めますねー。
六助さんの財布、ますます軽くなっちゃいました。哀れです。

車座になったファイアードラゴンの面々。配られたお弁当はその金額に見合うものとはとうてい思えません。味もなんというか、六助さんでも涙が出るような情けないお味。銭亀さんはお箸すらつけてません。こんなまずいもの喰えるかって感じでしょうか。

おまけに食事中も幸多さんがひっきりなしに話をふってきます。これまでの感想を求められるのです。
十人のメンバー中ほとんどの人は「役に立つ話でした」「頑張ろうと思いました」とか言ってます。社交辞令的に言った人だけではありません。だって自主的にリーダーになった人がいます。サブリーダーもいます。感動してやる気まんまんの人もいます。「すごくやる気の出るプログラムですね!」。そんなこと言ってるんですけどーまだ半日。

食事中に白紙の名簿も回されました。各自の住所氏名電話番号を書いてよこせというのです。そんなものは申し込んだ時点で申請済です。ていうかこれ、どうやら幸多さん用に名簿を作るみたいですけど。いったい何に使うんでしょうか。謎です。


こうして初日のセミナーはようやく午前の部が終わりました。ここで20分間の休憩です。建物の外へは出られません。









休憩中の六助さんはぐったりぼんやり。ところが銭亀さんは精力的にケータイかけまくってます。いろんな指示を矢継ぎ早に出しています。株ですか。取引関係ですか。
そういえばこの人、お昼ご飯も食べてません。なのになぜそのパワー。お腹ぺこぺこじゃないですか銭亀さん?

「馬鹿だねあんた。なに入ってるかわからないぜ、あんなもの」

あんなものってどんなもの。ま、まさか、ドラッグとか。薬物とか。

「やろうと思えばね。合法的なドラッグなんていくらでもある」

が〜ん。 六助さん残さずに食べちゃったんですけど。

「ここでどんなことやってるか僕はだいたい知ってるから」

全体の流れを知っている。局面ごとの敵の手法・意図も知っている。だからその手にゃ乗らないよ、ということのようです。

「それでも巻き込まれるけどね」

と、ほのかに苦笑する銭亀さん。岩のようなほっぺにすごみのある笑みが浮かびます。

「腐りきった内容なのに、やりかたは実に巧妙」

わかっていてもやられちゃう。すごいセミナーです。それにしても銭亀さん、なんでそんなに詳しいんですか。裏社会に生きてるからですか。ほんとに得体の知れない人です。

と、休憩室にスーツを決めたビジネスマンがぞろぞろ入ってきました。休憩室といってもワンフロアをぶちぬいたでっかい部屋です。皆さん他のコースの生徒のようです。その数は約100人。
どうやら別フロアで上級コースをやっているようです。受講料も高額です。六助さんたちの初級コースとあわせると、おそらく4千万円近く。そんな大金が一挙にがっぽり。ぼろ儲けです。アシスタントの人たちもいいお給料もらってるに違いありません。

「なに言ってんの。あいつらも修行中なんだぜ」

なんですか。修行中ですか。てことはあの人たちも生徒。ただ働きのボランティア。ていうか成長の一過程。ということですか。

どうやら上位クラスの人たちが研修の一環として、必修科目としてアシスタント業務についているようで。でも、ちょっと待ってください。てことはあの人たち、組織の社員ではないわけで。そんな人にグループ全員がさっき住所氏名連絡先を渡しちゃったんですけど。社員でもない人が名簿を入手。いったいなんのために?

「じきにわかるさ。帰ったら電話かけてくるから」

なるほどー。受け持ちグループの全員にコンタクトして中級コースへ勧誘するわけですね。文字通りの面倒見係。しかもより多くをゲットすることが自分自身の研修の一環。つまり成長のあかし。組織内における勲章。そういう仕組みですか。
噂によると、初級コースの受講者のうち約8割もの人が中級コースに進むそうです。その裏にはセミナー中のあればかりではなく、先輩方(アシスタント)による必死の勧誘が。そのうえ上位クラスに進んだら自分自身もアシスタントと化して新たな生徒さんを。

 (ありじごくの連鎖 … ・ )

銭亀さん、怜悧な目を皮肉に光らせて、

「だから、あんたも、このコースが終わったらああいうのになるんだ」

ああいうの。 って全身からわけのわからない情熱を発散させて。腹式呼吸で叫んで。びしっと整列して。にこにこ顔で猛ダッシュを繰り返して。ガラス玉のような目をきらきら光らせて。
恐怖です。壊されていきます。自分が自分じゃなくなります。それが成長というものですか。殻を破る。縛りを解き放つ。心を解放する。そしてフットワークもかろやかに、あふれる笑顔で汗かきながら、一心不乱にご奉仕。そういえばすでに上位コースヘ進んだ佐渡島の同僚もアシスタントと同じ匂いを発散させてました。六助さんの末路も そういうの。

「さ、次はあいつらの出番だから。そろそろ行きますか」

休憩時間の終わりです。

それにしても銭亀さん、いよいよ得体が知れません。でも六助さんにとってはいまや唯一の命綱。この人にすがろうと固く決心して、アシスタントの待ち受けるフロアへ戻っていくのでした。







納屋へ戻るトップページへ戻るつづきを読む