六助さんの自己啓発☆8
リーダーとグループ
2003年6月
誰がリーダーなんかに、わざわざ立候補なんかするもんですか。
そんなことしたらめんどくさいだけです。そもそもグループ分けして何するのかも聞いてません。やることもわかんないのにいったいどこの誰が立候補。馬鹿馬鹿しいー。
読めました。立候補者がゼロという事態をわざと演出して、またもや一同を「消極的だ!」とか言って責め立てるんでしょ。ケンカごしに怒鳴り散らしておいて、突然照明を落とし、またもや闇のなかで瞑想ミュージック。おだやかに語りかけて皆を感動させ、盛り上がったところで誰かをやさしく指名するとか。
ここは間違っても指名されないようにしなきゃ。そうシナリオを読み切った六助さんは、静かに体を移動させて前の人の陰に隠れました。せこいです。さあ鰐淵さんが叫びます。
「われこそはリーダーになってやろうと思う人っ!?」
「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」
「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」
うひーっ、走ってます走ってますよー。
受講者のなかから手をあげて、何人もの人が演台めがけて全力疾走。ぴんと挙手したまんま鰐淵さんのもとへ、犬のように、転がるように。言っときますけどこのセミナー、生徒は全員はじめての受講(のはず)です。
立候補者がずらりと一列に並びました。その数はぴったり十人。過不足ありません。皆さんアシスタントと同じ匂いがします。正しい姿勢で仁王立ち。その全身からびんびん伝わってきます。得体の知れない情熱です。見開いた目もきらきら輝いています。まるでガラス玉のよう。
「では、次にグループ分けをしますが…」
と鰐淵さん、段取りを説明します。
まずは整列した立候補者がひとりずつ順に演説をする。生徒はそれを聞いて「この人にならついていきたい」というリーダーを選ぶ。そして鰐淵さんの合図とともに選んだ人の前にダッシュして集合。自動的に10のグループが出来上がり。
「ではいいですね、立候補者の皆さん」
あなたの演説で、あなたの人気が決まる。あなたに惹かれる人が何人出るか、それはあなたのリーダーとしての魅力にかかっている。あなたの熱意が人を動かす。あなたの真心がこの100人を動かすのです。いいですか、
「必死になってくださいよ」
講演者、ていうかもう業界用語にしたがって トレーナー と書きますけど鰐淵さん、叫びました。
「では、始めっ!!」
十人が順に演説。全員まじめそうな、純朴っぽい人たちです。けんめいにしゃべってます。一分間ぶっ続け、熱のこもった弁舌。吐き出すテンションが会場全体を包みます。聞いてる人もしだいに興奮します。
俺を選んでくれという欲求。俺についてこいという情熱。必死です。感情のパワーがひしひしと押し寄せます。話の内容なんて関係ありません。鉛のように重い感情の波です。津波のように打ち寄せます。終わりました。ふーっ、疲れます。
ひと呼吸おいて鰐淵さんが生徒全員に問いかけました。
「さあ皆さん、いいですか?」
あなたはどのリーダーについていくか決めましたか。この人と一緒に行きたい、この人と一緒に仕事をしたい。人生を賭けてみたい。そういう人を選びましたね。
「いいですかぁっ!?」
はーい。
皆さん大声で良いお返事。すでにセミナー効果ばっちり。
「では。 …・その人の前に、集合してください!!」
全員いっせいにダーッシュ。珍しく六助さんもダッシュ。生徒100人がフロアを右往左往。マスゲーム感覚なのか皆さん笑顔で楽しそう。
各リーダーに10人ずつ集まったらちょうどです。ところが会場の混乱がおさまって見ると、当然です。あるリーダーは20人近く集めました。勝ち誇ったような笑顔で小さくガッツポーズ。
逆にわずか2人しか来なかったリーダーもいます。悲しげな表情で立ちつくしています。鰐淵さんがマイク片手に近寄りました。
「ええと、あなたは何人、集めましたか?」
「…・2人です」
鰐淵さん、あきれながら他のリーダーを指さします。
「こちらの方を見てください」
何人集まりましたか。数えてみましょうね。ひい、ふう、みい、よー、 …・ほら、18人もいます。それに引き替えあなたは2人だけ。いったいなぜだか、
「あなた、おわかりですかあ〜?」
フロアに響くあきれ声。一同、しーん。
「私の…・、私の熱意をうまく伝えられなかったと…・」
屈辱に震えています。こころなしか目も赤く染まっています。
「いいや違いますねえ〜」
熱意を伝えられなかった? それは違う、ちがいます。熱意があれば人は必ずついて来ます。誠意は必ず人を動かします。人はやる気のあるリーダーを選ぶものです。だって、あなただってそうでしょ。やる気のない人についていきますか。熱意のない上司と仕事したいですか。わかります? つまりね、あなたには、
「熱意なんか、ないんですぅ ドカン! ぅっっ!!」
そんなことでよく立候補できたもんですね。あなた恥ずかしくないですか、2人ですよぉ〜2人。100人もの皆さまがいらっしゃるのに、たったのいち、にぃ、2人だけ。なんですかこれ。リーダーなんかになれますか。駄目ですね。誰もついてこないわな。 あなたなんか誰も認めてないんだよぉ。 …・さあ、あなた、
「どおしますぅ〜?」
唇がゆがみます。顔面蒼白、目は真っ赤。そして沈黙。
全員の視線を一身に集めながら、やがて意を決したかのように、
「もう一回しゃべらせてください!!」
「ほう…・」
と鰐淵さん、首をすくめながら、
「喋ってどうするんですか?」
「こんどこそ、必死で熱意を出します!」
「出してどうするんですか」
「皆さんにわかっていただきます!」
「わかっていただいてどうするんですか」
「私の前に、集まっていただきます!」
「集まっていただいてどうするんですか」
「・…・ ………・ ・」
「集まっていただいてどうするんですか」
「・…・ ………・ ・」
「ど・う・す・る・ん・で・す・かぁ ドカン! ぁっっ!!」
生贄。という言葉が頭をよぎったり。
「あのねぇ〜、皆さんヒマじゃないんですよぉぉ〜?」
わずか三日間の研修なんですよ。ぜんぜん時間が足りないんですよ。私も皆さんも必死でやらなくちゃいけない。それなのに、あなたのワガママでもう一回演説して、わざわざ皆さんに聞いていただいて、あなたの前に集まっていただいて。それであなた、いったいどうするんですか。何をしたいんですか。なんにもないんですか。空っぽか。あなた空っぽの人間ですか。そんな人に
「リーダーの資格はないぃ ドカン! ぃっっ!!」
びりびりびり。建物全体が震えるよう。
「だいだいあなた、もう一回演説したとして」
人を集められるんですか?
「・・ … は、い」
「え何? 聞こえない」
「はい!」
「ほんとうにやるんですか?」
「はい!」
「はいじゃないんだよ何をやるんですか はっきり言ってくださいよ!!」
「人を集めます!」 「やるんですか?」 「はい!」「はいじゃない! なにをするんだっ!?」 「は、はい、人を集めます!」 「ほんとうですか!?」 「はい、人を集めます!」 「できるんですかっ!?」 「やります!」 「もう一回ぃっ!!」 「やります!」 「なんだってえぇっっ!?」 「やります!」 「やりますじゃ
ないんだよぉ ドカン! ぉっっ!!」
やるだけなら誰でもできるだろ。子供でもやれっつったらやるんだろ。そんなこと聞いてないんだよ、ほんとうに集められるのかどうか、できるのか・できないのか、を聞いてんだよ。どっちなんだ。ほんとうにで・き・る・ん・で・す・かぁっ!?
「できますぅぅっっ!!」
・
・
・
ていうかもう、六助さんの話を聞いているとすべてが仕込みとしか思えないんですけど。だって、自発的に出るはずのない立候補者が、その数もぴったり十人。しかも、いきなりの演説を各一分間よどみなく。そのうえ失敗した人は激しいつるし上げ。
朝からずっと密閉された空間です。時間の感覚もなくなっています。緊張し続けていた六助さんの頭も春霞のようにぼんやりしてきました。鰐淵さんの論理に心のなかで反駁する気力も萎えました。どーでもよくなってきました。やばいです。まだ初日の午前中です。こんなんじゃそのうち、いいようにコントロールされそうです。
つるし上げられたリーダーは、なんとか再演説を許してもらいました。同情票が集まったのか人もわずかに増えました。それでも各グループごとに人数がばらばらだったので、主催者側の調整によってようやく十人ずつ10グループができあがりました。
で次はなんですか。グループワークですか。そうですか。
もうどーでもいいです。言うとおりにします。なにすればいいですか。