六助さんの自己啓発☆7
高まる興奮
2003年6月
休み時間の六助さんです。ほかの受講者と挨拶がてら、自己紹介とかをしてみました。
皆さん、年齢も住所も性別もさまざまです。共通点は上司や家族から受講をすすめられたこと。そして受講料の大半を出してもらったことだけです。
姿勢もばらばらでした。やる気むんむんのお兄さんもいれば、どーでもいい感じの投げやりなおばさんもいます。おおむね六助さんの見たところ、ぼやーっと生きてる人または何事かに飢えてそうな人が多かったそうです。
一人だけ、ぜんぜん毛色の違う人がいました。銭亀さん(仮名)です。ビジネスマン風なのにやくざっぽい、目つきの鋭いおじさんです。いかにもやり手って感じです。休憩中にケータイで仕事関係の電話をじゃんじゃんかけていました。
どうやら証券とか株とかの取引をしているようです。そんな俗世の人が来るようなセミナーじゃないと思うんですけど。忙しいんで早く帰りたいんだよなー、でも紹介者の顔をつぶすとまずいしなーと困っていました。
「僕らの仕事、一分一秒で何千万の世界だからねー」
いろんな仕事があるもんです。日本海の離島民には想像もつかない世界です。
後になって思えば、この銭亀さんと知り合ったことが六助さんにとって最大の幸運でした。ともあれ、そんなこんなで休憩時間は終わりです。
講義が始まりました。鰐淵さんが一人で話し続けます。イキのいい関西弁がスピーカーで増幅されて脳内に直接叩き込まれます。
その話術はまことに巧みです。ところどころに気のきいたギャグをまじえ、派手なアクションで聞く者の気をそらしません。口調にもメリハリをつけ、あるときは優しく、あるときは詰問調で。そのうえ要所要所で絶叫しながら ドカン! そのたびに居眠りしかけていた六助さんはびっくり。
受講者をケンカごしに責め上げたかと思うといきなり照明が落ちてまっくら闇。すかさず喜多郎風の瞑想ミュージックが流れて、子供をあやすような口調でやさしく語ってくれます。まさしく癒し系。
話しながらホワイトボードに殴り書きもしていきます。たちまち自己・気づき・変革・遺伝子といったあれな用語が並んでいきます。
受講者に対して質問も投げかけました。指名されたのはおばさんです。
「あなたはいま、どこにいらっしゃいますか?」
その瞬間、部屋の後ろから複数の影が ざざーっ。
アシスタントの人たちです。皆さんマイクを握りしめて。競争で飛んできました。はげおじさん、新卒お姉さん、ヤンキーお兄さん。ビシッとスーツを決めた老若男女が、質問されたおばさんめがけて全力ダッシュ。そのうえ滑り込み。勢いあまって転んでる人まで。マジですかー。
一等は新卒お姉さんでした。にこにこしながらマイクを渡します。それ以外の人は引き返していきます。マイクを持ったまますごすごと。いえ、にこにこしたままで。
「…・キモチわるー」
と小声でささやいたのは、六助さんの横にいたヨシコさん(仮名)。六助さんも仰天しています。とりあえず鰐淵さんの質問です。
「あなたはいま、どこにいらっしゃいますか?」
マイクを受け取ったおばさん、小首をかしげながら、
「東京…・、ですけど」
ほかの受講者もぽかんとしています。
鰐淵さん、生徒全員におだやかな視線を投げかけながら、さとすように、
「私が場所のことなんか聞いてると思いますか?」
人生のなかで、今あなたはどういう位置にいるのか。そういう質問をしてるんですよ? それがわからないと次にどこへ行けばいいかわからないでしょ。現在地がわからない限り、目的地までの道は見えてきませんよね? それが成長するということです。自己革新の第一歩なのです。
さとされたおばさん、なるほどーって表情でうなずいてます。ほかの受講者も納得顔で感心しているふう。すでにコメント不可能です。
こんな質問もありました。
「皆さんがこのセミナーに参加された動機はなんですか?」
ちらほらと会場から手があがります。すかさずアシスタントたちが猛然と ダーッシュ。マイク渡しの競争です。にこにこしながら必死です。順位におうじて何かごほうびでも。
数人の受講生が順に答えました。「積極的になれると聞いたから」「ブラス志向で生きたいから」「より高いレベルに成長したいから」。模範解答です。なんとなく仕込みっぽいのが気になったり。ところがなかにはこんな猛者もいました。
「職場の社長からしつこく言われて、仕方なく来ました」
うわー、正直すぎー。袋叩きの予感です。
六助さんがこわごわ様子をうかがうと、整列した十人のアシスタントはあいかわらずにこにこしています。鰐淵さんもにこにこ。おだやかな笑顔のままで、
「ということは、社長さんがお申込みになられたんですね?」
「いえ、申し込んだのは私ですけど」
「じゃあ参加を決めたのはあ・な・た・じゃないんですかぁ〜?」
オーバーアクションで呆れるふう。
「だからそれは社長に言われて仕方な」「ちょっと!」
鰐淵さんの目がぎらり。
「申し込んだのはあなたでしょ?」
誰があなたにすすめたのかは知りません。参加を決めたのは誰ですか。あなたでしょ。ここに来たのは「あ・な・た」なんでしょ。それとも、あなたは社長さんの言いなりなんですか?
「いやだから私は雇われてい」「責任 ドカン!」
責任という言葉をご存知ですか。あなたは人に責任を押しつけるんですか。あなた自身がとった行動でしょ。あなたは奴隷ですか。言われるように動くんですか。自分の考えはないんですか。人生な・げ・て・る・ん・で・す・か ドカン!
だいたい、いい年して家族はいるんでしょ。人のせいにばっかりする父親を見て子供はどう育ちますか。そんな父親を子供は誇りに思えますか。そういうのを被害者と言うんですよ。あなた逃げてるんですよ。俺は悪くない。社長のせいだ。俺には責任はない。俺は被害者だ。そういう負け犬に
「人生を生きる資格はないドカン!ぃっっ!!」
ものすごいけんまくです。会場が、しーん。
と、一転してやさしい口調に戻り、
「…・そうじゃないですよね?」
受講を申し込まれたのは「あ・な・た」ですものね。あなたの人生を生きるのは、あなたしかいませんね。人のせいにしてはいけません。自分の人生に責任を持つ。いいですか、まずそこのところの気づきを得てください。
よくいますよね、仕事帰りに屋台で上司の愚痴ばっかり言ってるサラリーマン。見苦しいですね。課長が悪い。社長が悪い。ぜんぶ人のせい。俺は被害者だ。 …・な〜んの建設的なこともありません。なぜだかわかりますか? 自分の人生に責任をとってないからです。つまり、
「責任者じゃないからですドカン!ぅっ!!」
これからあなたは、被害者から責任者にならなきゃいけない。責任をとるのはあなた。生きるのはあなた。私たちは、そのために、これから三日間必死であなたのお手伝いをします。いいですか、私たちはこのために命をかけてるんです。命がけで頑張ります。いっしょうけんめいやります あなたのために。だから、どうかあなたも、
「ね、いっしょに、頑張りませんか…・?」
・・・しーん。
感動的な空気が会場に流れ始めています。
どうやらキーワードは「被害者」「責任者」のようですけど。それにしてもそういうもんですか。もはやコメント不可能です。
「では、ここで皆さんに二人一組になっていただきます」
参加者100人が二人一組に。広いフロアです。あわせて50ペアが向かい合って立たされました。六助さんとペアになったのは純朴で正直そうな青年です。
「一分間ずつ交代で、この研修に参加した理由や抱負などを語ってください」
全身で大声を出して、お互いの目を見つめて。目をそらさずに一分間大声で喋り続けること。
「では開始っっ!!」
六助さんのパートナーが喋り始めました。まずは六助さん、聞く側です。
「私の名前は高橋といいます! 岩手から来ました! 仕事は会社員です! 建築関係の仕事をしています! この研修に来たのは社長からすすめられまして、聞いたみたら積極的に仕事ができると言われて、自分としても最近はちょっと充実してないような気がしてまして」
ものすごくまじめそうな人です。いっしょうけんめい叫んでます。六助さんの目を一心に見つめてます。そういう風景がフロア全体で50組。うわんうわん。怒号が響いてます。テンションが高くなってきました。
「だから私も三日間必死になって」
「あと5秒です」と、スピーカーから鰐淵さんの声。
「がんばりぬきます! いっしょうけんめいやります! 絶対に、ぜひ、よろしくお願いします!!!!!」
はうーっ。
次は六助さんの番ですけど。すっかり嫌になってるんですけど。ともかく喋らないとやばいです。
「では開始っっ!!」
「えー、私はその名前といいますのは六助と申すものでありまして、佐渡島という遠いところにある日本海に浮かんでる島なんですけど、そういうところでそうですねえ生まれまして、ずっと育ったり遊んだり仕事したりしてたんですけど」
ぜんぜんやる気ありません。そのうえ六助さん、相手の目を睨みながら喋らないといけないのに、わざと視線をそらしてオデコを見つめて喋ったそうです。
「まあいわゆる金山とか流人とかが有名だと思うんですけど確か、最近はあの、そうですトキもすごく増えておりましてまあ観光のためにはいいんじゃないかという気もしますが、趣味はえーと釣りなんですけど、あの、ここへ来たのはやっぱり職場というかその社長さんが」
「はい終わりっ!!」
ようやく一分間、終了。
あたりを見回すと、ほとんどの人の顔が赤くほてっています。そりゃそうです。睨みあって叫んでたら誰だって攻撃性が高まるってもんです。
「ではここで皆さんをグループ分けします」
100人を十グループに。って何するつもりですか。
ともかくグループにはリーダーが必要です。というわけで、まずは十人のリーダーを先に決めましょう。
「よぉしっ、われこそはリーダーになってやろうと思う人っ!?」
鰐淵さんが天高くこぶしを振り上げて叫びました。
立候補者をつのるのです。