六助さんの自己啓発☆6

オリエンテーション

2003年6月


「ぁぁすっっ!!」

「ぁぁすっっ!!」

「ぁぁすっっ!!」

「ぁぁすっっ!!」









六助さん、仰天してシャーペンを取り落としました。まるで耳もとでお寺の鐘をつかれたよう。脳みそがびんびん振動します。
講師のお兄さん(鰐淵さん・仮名)はすごみのある関西弁です。叩きつけるように喋り始めました。

まずはオリエンテーションです。研修全般の注意事項を教えてくれます。六助さんは気を取り直してシャーペンを拾いました。メモの開始です。啓発されていく自分を克明に記録しておきましょう。

「まず、時間は絶対に守ることぉっ!」

メモメモ。時間は絶対に守ること、と。

「名札を見やすい位置につけておくことぉっ!」

メモメモ。名札。…・やだなあ。

「発言するときは手を挙げて指名されてから立つぅっ!」

メモ…・。って誰が発言なんかするもんか。

「研修の内容は誰にも口外しないことぉっ!」

なぜかというと、ひとつは他の受講者のプライバシーを守るため。そしてもうひとつの理由は、新たな受講者が事前に内容を知ってしまうと研修効果が薄れるから。だそうです。注意事項は続きます。

「すべての研修が終了した後、必ず個人面談を受けることぉっ!」

いやです。洗脳の効果を確かめたうえで子会員の勧誘方法とかを教わるんでしょ。誰がそんなこと。 …・ってあれ? なんか静かです。静かです。なんですか。六助さんが顔を上げると どひーっ。
鰐淵さんがニヤリ。こっちを見つめてます。受講者100人の中から六助さんだけを選んで、ニヤーッ。

「そしてもうひとつ」

鋭い眼光を六助さんに突き刺しながら、

「研修の内容をメモしたりしないこと」

ふるえあがる六助さん。あわててシャーペンをしまいます。いきなりブラックリストに掲載です。鰐淵さんが叫びました。

「皆さん、いいですねえぇっっ!?」

はーい。

と返事がちらほら。鰐淵さんの表情が曇ります。

「…・ちょっと待ってくださいよ」

ドスのきいた重低音に戻ります。

「皆さん、貴重な時間を割いてわざわざ来ていただいた」

わざわざ遠くから。今日この日のために。自己への気づきを通じてより高いレベルに成長するために。そうじゃな・い・ん で・す・かドカン!!

ずる。爆発音に驚いた六助さん、のけぞります。

「なのにその返事はなんですかぁっ!?」

口調が一変。怒号です。4セット8個のスピーカーがびりびり。

「ぜんぜんやる気・な・い・じゃ・な・い・かドカン!!ぁっっ」

また爆発音です。正体が知れました。鰐淵さんが躍り上がって演台を踏みつけているのです。そのたびに ドカンドカン。まるで能舞台。なにか細工してあるに違いありません。

「いいかぁっ、私たちぁ必死でやってんだよ!!」

あなたたちのために必死でやるんだよ。なのにそのやる気のない返事はなんだ。やる気ない人は今すぐ帰れ。やる気あるんなら証拠見せてみろ。いいか、もう一回尋ねるぞ。

「皆さん、いいですねえぇっっ!?」

はーい!!!!


と、こんどは全員が声を揃えて良いお返事。

す、すごすぎです。いきなり100人の気持ちをひとつにまとめちゃいました。信じられません。嘘みたいですけどほんとうです。

後になって嫌というほどわかるのですが、鰐淵さんはそれはもう素晴らしい講演者でした。とにかくお上手なんです。聞く人の心をぐいっとわしづかみにして離しません。
噂によるとこの人、組織の人じゃないみたいです。どうやら「外部講師」のようです。てことは、各種マルチの修行を豊富に積んだ、業界では有名な講師の人なんでしょうか。



「では、15分間の休憩!」

ふぅ。やっとオリエンテーションが終わりました。げっそり。

ぞろぞろぞろ。受講者一同が部屋を出ます。狭い出口にはアシスタントの方がずらりと並んでいます。
その数は約十人。年齢性別はばらばら。体育会系のおじさんもいます。新卒っぽいお姉さんもいます。はげのおじさんもいます。ヤンキーあがりのお兄さんもいます。どういうメンツだかよくわかりません。ともかく全員ビシッとスーツを決めた老若男女のアシスタントです。その表情は自信に満ちあふれています。
そういう十人が背筋をぴんと伸ばして出口に整列。部屋を出る一人ひとりに腹式呼吸で叫んでくれます。


「いってらっしゃいませ!」
「いってらっしゃいませ!」
「いってらっしゃいませ!」








満面の笑みで叫んでます。
その目はガラス玉のようにきらきら輝いているのです。

声をかけられた100人は、きまり悪げな表情。
本番はまだこれからです。
その行く末は、あなたも。







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