六助さんの自己啓発☆2

焼鳥ありじごく

2003年5月


さて主人公です。六助さん(仮名)の登場です。
ぱっとしない会社員です。趣味は釣り。仕事の前後に毎朝毎晩、欠かさず糸を垂らしています。趣味に生きるタイプです。職場は小さい事務所です。

ある日の仕事中、社長さんがすり寄ってきました。満面の笑みを浮かべてます。キモいです。社員に愛想ふるような人じゃありません。

「今日これ、どう?」

お酒を飲む仕草です。六助さんの脳内警報が真っ赤にぴかぴか点滅しました。だってしぶちんの社長ですもの、なんか陰謀があるに違いありません。とりあえず煙幕を張りました。

「いやー、今日はちょっと」
「だったら明日は?」

言い迫る手はいつのまにか六助さんの肩に。脂ぎった顔を近づけて、

「な、いいだろ。たまにはやー」(セクハラ)

鼻の穴がひらいてます。吸い込まれそうです。仕方なく行くことに。ところが社長さん、やっぱりけちでした。入ったお店はうす汚れた焼鳥屋さん。しょぼいカウンターしかありません。

「まま、一杯」

社員にお酌。あり得ません。いつも無駄にふんぞりかえってる狸社長なのに。ますますこわいです。つまらない雑談に気のない返事をしていたら、やっと本題が出てきました。

「君は我が社の大事な社員だからね」

うひーっ。我が社大事。そんなボキャブラリーを持ち合わせていたとは 狸親父 社長。六助さんは仰天です。だってあれですよその社長さん、事務所にいるときはステテコいっちょうで机の上に足投げ出して、鼻くそほじってるような二日酔い親父です。

「ぜひ君にも、理念を共有して高いレベルに成長してほしいと」

はうーっ。理念共有。そんな言葉どこでおぼえてきたんですか。ごそごそごそ。パンフが出てきました。

「いい研修があるんだよ」

六助さんの手に押しつけて、

「俺も参加したんだけど、素晴らしいプログラムでさー」

饒舌な説明が続きます。まるで何かを棒読みしているよう。六助さんはろくすっぽ聞いてません。断る理由を探そうと頭がフル回転。

「マルチ商法とかカルトじゃないんだよ」

墓穴です。わざわざ自分から言わなくてもいいのに。おそらくマニュアルにそう書かれているんでしょうけど。

「アメリカの最新の心理学を応用した科学的な研修でさあ」

ぜんぜん説得力ありません。

この時点で完全にあれです。カルト系の論理です。いわく、密教の世界観をテーラー展開するとアインシュタインの一般相対論に等しい。いわく、チャームクォークの波動遷移をクラスタ解析すると金剛界曼陀羅のオーラが光る。ですのでそれらの思想的潮流から生まれた私どもの教義は真の科学的哲学を日夜実践しているのです。さああなたもぜひ。(自分でもなに書いてるんだかわかりません)
よくあるパターンです。科学っぽいキーワードを脈絡なく並べて人をだまくらかすカビくさい手法です。困ったことに熱意だけはやみくもに強いので手がつけられません。その証拠に、

「さっそく今週末、行ってほしいんだけど」

あのー。まだOKもしてないんですけど。のけぞる六助さんを無視して申込書らしきものを取り出しました。ずずーっ。お皿を押しやってカウンタに広げます。

「ささ、書いて書いて」

ともかくその場でサインさせるという、これもマニュアル化された勧誘術なんでしょう。さあ六助さん、ピーンチ。

「いやー今週は爺さんの七回忌でして」(うそ)

「じゃ来週な」

ぜんぜん効果ありません。

「来週もちょっと…」

と小声で抵抗したとたん、社長さんの目に怒りの炎がほとばしりました。

「なんで駄目のんや?」

重低音の詰問調です。ワンマン経営の素顔が出ました。ここは正しい社員のふりして頭を下げときましょう。
精神的優位に立った社長さん、さらに六助さんを追いつめにかかりました。

「おめーにはさ、ぜひ <強調> う ち の 社 員 と し て </強調> 理念を共有してほしいんだっちゃ」

匂いました。口臭です。ちがいます。脅しの気配です。クビにするぞということですね。雇用者としての圧力をめいっぱい利用して、でも決して言質をとられないような言葉づかい。巧妙です。勧誘方法を叩き込まれているに違いありません。それにしてもさっきまで「君」だったのが おめー。地は隠せません。

そのセミナーとやら、参加費は8万5千円もするそうです。言っちゃ悪いですけど佐渡島。賃金の安い離島です。かなりの大金です。ヤリイカ3バイ138円です。開催場所は東京です。三泊四日のセミナーです。旅費宿泊費食費をあわせたら総額14万円以上。ヤリイカ何バイ買えますか。涙がぽろぽろ出ます。

「俺が5万円、出してやるさけ」

ぜんぜん嬉しくありません。

ていうか、業績が落ちる一方の会社なのになぜ5万円も出しますか。それとも、しぶちんのポケットマネーですか。ちがいますね。組織から紹介料がバックされるんでしょ。
いずれにしても差し引き9万円は六助さんの自腹です。業務で行かすんなら全額よこせー。

「ここも俺がおごるし」

あたりまえーの狸汁です。そこまで恩に着せますか。

そういえばここんとこ、六助さんの同僚があいついで「東京研修」に行ったのです。会社の研修だと言って仕事を休んで。帰島したときには微妙に人が変わっていました。ことごとく体育会系のノリで無意味に元気が良いのです。
たとえば人と話すときは喰い入るように眼球の奥をのぞきこむ。やたらに大きい声で おはようございます! とか挨拶する。お昼休みには目を閉じて得体の知れないCDを聞いている。これはまさに げろげろーっ て感じ。としか言いようがありません。そんな職場、ゾンビの館です。

それにしても六助さん、すべて社長の言いなりになるのはしゃくにさわります。クビになるのは嫌です。だから行かざるを得ないとしても、せめて心理的に一矢報いておきたいところです。

「再来週じゃだめですか」
「だめだめ」

にべもありません。命令です。

話は決まったとばかりに社長さん、さっさとお勘定を済ませちゃいました。ここまで露骨だとある意味爽快です。抵抗する気力も萎えちゃいました。







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